リスト没140年に重なるデビュー15周年
有名曲だけではない「リストの姿」を
デビュー15周年を迎えたピアニスト・阪田知樹。今回のリサイタルは、ライフワークとして取り組んできたフランク・リスト(1811~86)の作品を軸に、その歩みを振り返るとともに、自身の現在地を描きだします。
節目にはいつもリストがいた
――デビュー15周年をどんな思いで迎えていますか。
阪田 十周年はコロナ禍と重なって、なかなか思うような活動ができなかったので、今年は大々的にできるかなと意気込んでいます。同時に、優勝したフランツ・リスト国際ピアノ・コンクールから10年でもありますし、さらに今年はリスト没後140年にもあたる。そうした節目が重なって、あらためてリストに立ち返ることにしました。
振り返ると、節目はいつもリストなんです。偶然なのか必然なのかわかりませんが、その後の歩みを予告していたようにも感じます。2011年のデビュー・リサイタルはオール・リスト・プログラムでしたし、リスト・コンクールはもちろん、第4位に入賞した2021年のエリザベート王妃国際コンクールでも、リストをたくさん弾きました。
――今回の演奏会ツアーでは、どんなリスト像を描こうと考えていますか。
阪田 有名曲だけではないリストの姿を届けたいと思っています。リスト・コンクールで弾いた曲を軸に、決勝で弾いた《ピアノ・ソナタ ロ短調》やセミ・ファイナルで弾いた《ノルマの回想》のような代表作はもちろん演奏しますが、《バッハの主題による変奏曲》や《調性のないバガテル》のような晩年作品も今回、取り上げます。
リストというと超絶技巧のイメージが強いですが、75年の長い生涯の中で作風は大きく変化しています。晩年の実験的な作品は、後の時代にも大きな影響を与えました。そんなリストの人生を一夜で体感できるような構成をお届けします。各地の公演ごとに、工夫に富んだ異なるプログラムをご用意していますのでご期待ください。
最初は「すっと」入ってこない作曲家だった
――リストとの出会いは。
阪田 中学2年生の時に弾いた、《BACH(バッハ)の名による幻想曲とフーガ》です。実は、最初は“すっと”入ってくる作曲家ではなかったんです。でもだからこそ興味を持ちました。
少年の頃は超絶技巧への憧れもありましたが、学んでいくうちに、ヴィルトゥオーゾというだけではない、多面的な存在としてのリストが見えてきました。
――リストの解釈は変化しましたか。
阪田 徐々に全容が見えてきた感覚があります。ただ、見えてきたからこそ、自分の無知も見えてくる。わかつてきたからこそ、まだわかっていない部分も見えてくる。どこか「いたちごっこ」のような感覚もあります。
彼の作風の変化の全容を知ると、たとえば若い頃の作品の中に、すでに晩年の実験性の芽があることにも気づかされますし、それによって演奏へのアプローチも変わってきます。
「コンプリート・ミュージシヤン」という理想
――近年は、作曲や指揮の活動も広がっています。
阪田 もともと自分の中では、演奏と作曲は切り離されたものではありません。ピアノのスコアを読む時にも、構造や響きの関係を自然に考えているので、それが演奏にも影響していると思います。今年は神奈川フィルと群馬交響楽団で委嘱作品の初演があります。
ただ、演奏活動と作曲活動の両立は簡単ではありません。ピアニストとして他人の作品に取り組んでいる時は、頭の中ですっとその作曲家の音楽が鳴っているので、自分の音楽が出てきにくいんですよね。だから物理的な時間のやりくりよりも、頭の中から他の作曲家をいったん追い出さなければならないのが難しいです。
――「コンプリート・ミュージシャン」という言葉も掲げています。
阪田 昔の音楽家は、作曲して、自分で演奏して、指揮もしていました。それが本来の姿だと思うんです。リストもまさにそういう存在でした。私自身も自然にそこへ向かっている感覚があります。
記事提供ジャパン・アーツ(取材・執筆 宮本 明/写真 友渾 綾乃)
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